記事紹介【大亜細亜・第三号】書評・古谷経衡著 『アメリカに喧嘩を売る国 フィリピン大統領 ロドリゴ・ドゥテルテの政治手腕』小野耕資

2017年08月16日

世界がフィリピンに注目している。欧米メディアのもたらす情報や、日米同盟の安全保障に馴れきった日本人にとっては、ドゥテルテ政権の誕生は大きな衝撃となることだろう。ドゥテルテは、その放言で話題になり、「フィリピンのトランプ」と揶揄されている。日本の大手マスメディアは、欧米メディアに追随してドゥテルテを色物候補としてしか扱っていない。だがそうした興味本位のドゥテルテに関する報道は、この大統領の本質を何一つ伝えていない。この大統領を登場させた、麻薬汚染や最悪な治安への人々の怒りを知らなくてはいけない。そしてそうした麻薬や治安の悪化の背景には、五百年もの長きにわたって行われた欧米の植民地支配があるのである。そうしたフィリピンの苦悩は、好奇の目でしかドゥテルテを見ない大メディアの報道には全く登場しない。本書は、そうした既存のメディアが取り上げないドゥテルテの本質に迫る、貴重な論考である。ドゥテルテは圧倒的なフィリピン国民の支持により、大統領に就いた。そして 91 %とも 言われる高い支持率に支えられている。この高支持率は、彼の故郷でもあるダバオ市長時代の実績から来るものなのである。ドゥテルテは、 30 年近くもの長きにわたりダバオ市の 市長を務め、人々を苦しめていた麻薬や犯罪を一掃した。ダバオのタクシーは、途上国にありがちなぼったくりが一切ないという。ドゥテルテの政治が、それをもたらしたのである。ダバオには道端にゴミも落ちておらず、下水道も整備された清潔な街となった。こうした市長時代の輝かしい実績が、人々の期待となっているのである。本書の「目玉」の一つがドゥテルテの自宅訪問である。さすがに中には入れなかったようだが、外観は取材されており、それが長年権力者の座にあった人物とは思えないほどの質素なものであることがよくわかる。その庶民性、飾り気のなさがフィリピン国民に愛されたのであろうということがよくわかる。参考のために比較材料として紹介されている、アメリカのトランプ、クリントン、アル・ゴアの自宅の、なんと豪勢かつ広 大で贅をつくしていることか! 彼らが一握りのエスタブリッシュで、庶民の生活などまるで分らない人物であることがこれだけでも明白なのである(トランプは何度も破産も経験している人物なので少し違うかもしれないし、そこがアメリカ国民に支持された所以でもあるのだろうが)。ドゥテルテの暴言癖も、いわば下町のオヤジの失言みたいなもの
で、それを根拠にドゥテルテを支持している国民はいない。十歳の子供までドラッグに手を出して破滅する国であったフィリピンを、この人ならば真に救ってくれる。そうした人々の思いが強力な支持基盤なのである。ま
た、麻薬や犯罪の温床である貧富の格差や貧困への不満、汚職の横行への憤りがドゥテルテの「世直し」への大きな期待となっているのである。ドゥテルテは確かに強権的で、やりすぎなところもある。しかしこうし
たドゥテルテの実績や、人々の期待を知らないでドゥテルテを色物扱いするのは、端的に言って先進国の傲慢でしかない。ドゥテルテに失礼というべきである。本書に注文したい点がないわけではない。例えばドゥテルテは南シナ海における中華人民共和国との争いに対して、米国の介入を嫌
い、話題になった。そうしたドゥテルテの安全保障政策については、「はじめに」と「おわりに」で断片的に触れられるのみである。ドゥテルテが構想する国際秩序については、より深く知りたい面であった。また、ドゥテルテは非常な親日家で、長年ドゥテルテと交友のある日本人もいる。東日本大震災のときには被災者の受け入れを表明し、市長時代にはダバオのミンタルに私費で日本の戦没者を祀る日本人墓地に記念碑を建てたという話もある。天皇陛下への畏敬の念も持っていると言われる。残念ながら三笠宮殿下が逝去されたため天皇陛下との会見は実現されなかったが、その際にも「陛下の深い悲しみを共有するとともに、心から哀悼を表します」として、「いつか陛下とお会いする機会があると確信しています」と述べたという。おそらく緊急出版が決まり、急ぎ取材を重ねたためではあろうが、こうしたドゥテルテの親日家の側面が出てこないのは非常に残念である。ドゥテルテは安倍首相との会見で、中華人民共和国との関係に言及し、「日本とフィリピンは同じような状況にある」「われわれは常に日本側に立つ」とメッセージを発している。「オバマは地獄に落ちろ」と言い、習近平との会談ではガムを噛みながら応対したドゥテルテ。だがドゥテルテは日本に対してはそれらの態度とは異なる。ドゥテルテは今後のアジアを考える上では避けては通れない人物である。ドゥテルテを、フィリピンを良く知ったうえで、今後のアジア関係、日米関係を考えなくてはならないのである。