◆維新と興亜 創刊号(令和元年十二月)...
目次
創刊の辞
【巻頭言】同胞と呼べる国家へ
新選組の篠原泰之進について 浦辺 登
尊皇思想と自由民権運動─愛国交親社の盛衰 坪内 隆彦
金子彌平―興亜の先駆者③ 金子 宗德
いまこそ新しい国家主義の運動を起こそう!①―津久井龍雄の『国家主義運動史論』折本 龍則
江藤淳と石原慎太郎① 小野 耕資
蒲生君平の対外危機意識とその評価 小野寺 崇良
興亜の前提にある日本維新 仲原 和孝
戦後体制の生贄 沖縄を問う 野尻 誠斗
田中角榮と中国―日中共同声明と台湾問題 田口 仁
菅原兵治先生『農士道』を読む④ 三浦 夏南
令和の御代替りを拝して 山本 直人
乃木希典大将と崎門学 折本 龍則
書評 田中秀雄『石原莞爾と小澤開作』

【巻頭言】いまこそ神政維新の理想に立ち返れ
権藤成卿の思想について~権藤成卿生誕百五十周年記念祭講演要旨②~
浦辺 登
「日本の覇道」と向き合った男・口田康信─権藤成卿の思想の継承 坪内 隆彦
内なる東洋の覚醒③龜井勝一郎と村上一郎の東洋的ユートピア 山本 直人
李容九生誕百五十年―日韓合邦に殉じた志士の悲劇② 折本 龍則
戦後ナショナリズム批判①丸山眞男 小野 耕資 金子彌平―興亜の先駆者① 金子 宗德 蒲生君平『不恤緯』における対露政策提言② 小野寺 崇良
菅原兵治先生『農士道』を読む②三浦 夏南
人類の歴史的宿命と日本・アジアの活路 原 嘉陽
【活動報告】

本連載初回で、欽明天皇(在位:五三九~五七一年)の時代に、百済から医博士が来日していたことを紹介した。実は、この時代には中国からも医学知識がもたらされていた。中国では五八一年に隋が建国されるが、五六二年に南北朝時代の呉から知聡という人物が日本に帰化していたのである。彼がもたらしたのが、『甲乙経』などの医学書百六十余巻だった。これが日本に中国医学が紹介された最初である。『甲乙経』は、三世紀半ばに、皇甫謐が針灸治療に関する幅広い内容をまとめたもの。そこには、針灸経穴を明確にした「明堂図」などが含まれている。六〇七年、推古天皇は小野妹子を遣隋使として派遣した。これに同行したのが恵日、福因らである。恵日は、『続日本紀』天平宝字二(七五八)年四月己巳条によると、もと高句麗人で雄略朝に百済から渡来...

日清貿易研究所は、明治二十三(一八九〇)年九月に、興亜の先覚者・荒尾精が上海に設立した興亜組織である。中国における荒尾の活動は、目薬「精錡水」を製造販売する「楽善堂」を経営する岸田吟香との出会いから始まる。岸田は明治十三年に上海に支店を開設、同十七年には漢口にも支店を設けた。荒尾は明治十九年に中国を訪れ、岸田と意気投合、ともに東亜百年の長計のために協力することを約束した。こうして、漢口楽善堂には三十名近くの興亜の志士たちが次々と集結した。まず、井深彦三郎、高橋謙、宗方小太郎、山内厳らが集まった。さらに、山崎羔三郎、片岡敏彦、石川伍一、藤島武彦、白井新太郎、中野二郎、浦敬一、北御門松二郎、中西正樹、廣岡安太、浅野徳蔵、松田満雄、前田彪、河原角次郎と
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